読切小説
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想い、ふんわり
 彼女を意識しはじめたのは、体育の授業中のことだった。
 鉄棒から落ちたぼくは、保健室につれていかれた。その時の彼女のやさしさに、ぼくはココロをうばわれてしまったのだった。
 その時、ぼくは彼女に感謝の言葉を告げると、彼女は「次からはもっと上手に鉄棒、できると良いね」と言って笑った。道端のスミレみたいな、どこにでもありそうなでもキレイな笑顔だとその時思った。以来、彼女が気になってしかたない。無意識に彼女のことを考えていて、ハッと気づくとスゴイ時間が経っていたりする。
 これは恋なんだろうか。
 どちらかと言えば、恋だろう。だって、ぼくは彼女のことを好いている。
 彼女はぼくのことなんかフツウの男の子くらいにしか思っていなくて、みんなにやさしく接しているけれど、ぼくは彼女のことを特別だと思える。彼女だけ、ぼくは特別なフィルターがかかったみたいに、周りとは違った風に意識しているのだ。
 例えば、彼女はかわいい方だと思う。
 女子の間では化粧をするのがはやっているらしく、ネイルだの色つきリップだのといった化粧品をぬりたくって先生にしかられているバカ女たちを今日も見かけたが、彼女に関しては、化粧っ気が全くなかった。けれど、彼女の顔は整っていて良い。化粧なんかしなくたって、ぼくには輝いて見えた。
 女の魅力は外面を飾りたてなくても内面がきちんとしていれば十分じゃないかと思う。まわりに流されてふらふらとチャラつくヤツらなんかより、ずっと良い。
 まぁ、彼女だって女だから、多少は化粧品を持っているかもしれない。でも、彼女は手を洗ったりうがいをしたりすることを徹底しているタイプの人だ。だから、化粧なんかしたらかえってジャマだろう。つまり、彼女が化粧をしてみないのはそういう理由かもしれないが、ぼくにとっては化粧なんてまがいものはいらなかった。
 ただ、彼女の笑顔が素朴でステキなだけで、恋に落ちるには十分だった。

 ところで、ぼくは今日、ようやく逆上がりが一人でできるようになった。
 鉄棒が上手にできたのだ。
 だから、ぼくは今日、彼女に想いを告げようと思う。
 でも、もしかしたら彼女には迷惑かもしれない。ぼくなんかが突然、彼女に好きです、って言ったら、きっとおどろいてしまうだろう。ぼくは本気なのに、冗談だと思われるかもしれない。そしたら、スゴく傷つく。
 傷つくのは嫌だ。もし嫌われたら、もっと嫌だ。断られたら、悲しい。
 逆に彼女がぼくのことを好きかもしれないなんてこともないだろう。優しくされただけで彼女がぼくを好きだとかん違いするほど、ぼくは自意識過剰ではない。言ってて悲しくなることだけど、それも事実だ。ぼくは、彼女にとってただの男の子なのだから。
 だから、ぼくは手紙で告白することにした。顔を合わせて言い合うんじゃなかったら、少しはましだろうと思った。あて名も書かないで、ただ、好きだと伝える。それが一番いいだろうと思う。
 だって、ぼくは彼女とつき合いたいとか、そういうのじゃなくて、ただ、好きだ、って伝えたいだけなのだから。
 そりゃもちろん、彼女のことがスゴく好きだ。でも、つき合うとかそういうのは、ぼくにはムリだ。
 ぼくはフツウのどこにでもいる小学生で、頭が良い訳でも、スポーツができるわけでもない。フツウの子だ。
 だから、気持ちを言うだけで十分に満足なんだ。
 でも、満足するならするで、きちんとしたカタチで、できるだけ格好良いカタチで、告白したいなって思った。
 そのために、ぼくは材料を集めることにした。
「牛乳とかマジやだわ」
「冷たくて飲みたくなーい」
「お腹痛くなるしー」
 給食の時間、同じ班の女子たちはまたとんでもなくくだらない文句を言って、のったらのったらとご飯を食べていた。ぺちゃくちゃおしゃべりに口を動かす割に食べるのが遅く、先生も手を焼いていた。
「ちょっと、ねぇ」
「何?」ぼくが話しかけると、一人がこっちをキッとにらんだ。ぼくは少しひるんだ。
「牛乳、飲みたくないん?」
「せっかくぬったリップ落ちちゃうしー」
「ご飯に牛乳とか、とり合わせイミ分からんくない? 一緒に食べろとかムリじゃん。激マズでしょ」
 髪の毛をクルクルして女子が言う。先生に聞こえないようにぼくは声をひそめて、こしょこしょ話した。
「じゃ、あのさ、ぼくに牛乳くれん? ぼく、全部飲んだるからさ」
「マジで? 良いの?」
「でもアタシら残したことになるじゃん」
「いや、先生の見てない間に牛乳瓶だけ返すから。空瓶だけ見たら誰が飲んだか分からんて」
「それ頭いー!」
 ケタケタと何が面白いのか三人が顔を見合わせて笑う。『女三人いると姦しい』というのは本当だと実感した。
 苦虫を潰したような顔になるのをこらえながら、ぼくは先生がおかわりの子の配膳に立ったタイミングを見はからって、自分の空の牛乳瓶を前の女子のものと交換する。ぼくたちの班は教室の一番後ろで、前の女子は先生に背中をむけて座っているので、そいつの身体が死角になって牛乳瓶チェンジは見えなかっただろう。先生は特に何も言わずにおかわりをよそって、席についた。
 ぼくたちは顔を見合わせてほう、と一安心。
「あんがとね」
 前の席のヤツが手を出す。
「何?」
「いや、ゴミくらい私が捨てとくわ」
「あ、いや、別に良い」
 くしゃ、と牛乳瓶にかぶさっていたビニルを握りしめると、ぼくは適当に笑っておいた。向こうも、「そう? ありがと」と返すだけ。牛乳のゴミは大して気にされなかった。
 それで良い。女子にとってはただのゴミでも、この牛乳瓶のゴミとなる部分こそが、ぼくが欲しかった部品なのだから。じゃなきゃ、牛乳を一人で四本も飲みたくないし。
 水滴が滴れる瓶を掴んで、牛乳に口を付ける。そして一気に飲む。ぷは、と息継ぎをして、瓶を自分の机に置いた。
 それを、先生がこちらを見ていないスキをついてあと二回くり返す。給食の時間が終わるころには、ぼくのお腹は白い液体でちゃぽんちゃぽんだった。が、これで良い。必要な材料はそろったのだから。
 ぼくは女子からそれなりに感謝されつつ、給食の時間を終えた。
 心の中では、ニヤニヤと笑いながら。

 給食当番が食器をかたづけに行く。
 その後はすぐに掃除の時間だ。
 ぼくは急いで必要なものをかき集めると、告白の準備に取りかかった。
 必要なものは、ボンドとホッチキスとサインペンと紙。材料は、牛乳瓶の栓と、口についていた青っぽい半透明のフィルム、それをとめていた白いピロピロしたヒモ四本だ。ぼくは、この粘着力の弱いヒモが欲しくて、女子の牛乳を飲んでいたのだ。
 これで何を作るかって?
 そりゃ、簡単なパラシュートだよ。
 ばれたら先生に余計なごみを増やして、なんて怒られるかもしれないから内緒なんだけど、男子の間では今牛乳パラシュートというのがはやっていた。給食の牛乳についてくる栓とフィルム、ヒモで工作をするのだ。そして、完成したパラシュートを飛ばして遊ぶ。できるだけ長く落ちないように工夫したり、逆に速く落ちるように重りをつけたりして、いろんなのを作ってでき栄えの良さをみんなで競う。そんな遊び。
 だから、ぼくはパラシュートを作るために女子の力を借りるしかなかった。男子はみんなこれを作るために日々ピロピロのヒモを集めているのだから。ぼくはこの遊びをしたことがなくって、いつも親友のシンちゃんにあげていたから、ピロピロのストックがなかった。ので、この遊びを知らなくてピロピロをゴミとしか思っていない助詞にもらうしかなかったのだった。
 でも、ぼくがピロピロだけちょうだい、なんて言ったら変なヤツだろう。だから、ぼくは牛乳を飲んだんだ。周りに怪しまれないように。女子は勿論、男子にも。だって、ぼくはパラシュート作りはやっていなかったんだ。突然パラシュートつくりのためにピロピロを集め始めたら、男子は不思議に思うだろう。質問されて、ぼくの告白のことを感づかれたら恥ずかしい。
 ぼくはできるだけこっそりと教室のスミに行き、材料を広げた。ばれたら、はずかしいのはぼくだけじゃない。告白の相手である彼女も、もしかしたらはずかしい。そう思わせちゃだめだ、そう思って、手早く作り始めた。
 作り方は簡単。
 まず、正方形のフィルムの四つ角とヒモの一方をボンドでくっつける。そして、ヒモのもう一方を牛乳瓶の栓にボンドでくっつけて、ホチキスで止める。栓は牛乳側をよくふいて、そしてサインペンで「好きです」とだけ書いた紙を折って栓にボンドでくっつける。
 で、完成。
 手紙をくっつけた牛乳瓶の栓がおもりとなって、パラシュートができあがった。
 シンちゃんの見よう見まねで作ったが、予想外に上手くできた。あとは、これを飛ばすだけ。
 ぼくは掃除の時間が始まったことを知らせる放送をBGMに聞きながら、窓へむかった。
 窓からパラシュートを飛ばせば、きっとゆっくり下に落ちていくことだろう。勿論、風をうけて横へそれてしまうかもしれないという多少のリスクはあるが、それはそれ。味のある演出と、上から落ちてくるという偶然によって、受けとる側の彼女は絶対にぼくが犯人だとは思わないだろう。
 窓を開ける。
 心地よい風がふきぬけて、カーテンが舞う。しかし、しょっちゅうふいている訳ではないので、大丈夫そうだと思う。
 窓から頭を少し出して、下を見る。
 この教室の下は――保健室だ。
 そして、今は掃除の時間。彼女は決まって、換気のために外に出てくる。
 いつも見ていたから知っている。
 そして今日も。
 彼女が真下から出てきたタイミングで、ぼくは牛乳パラシュートを手放した。
 ふわりと風を受けて、ビニル製のフィルムがふくらむ。そして、栓の重みを受けて、するすると落ちていく。
 頼りない小さなそれが、ぼくの想いを乗せて彼女の下へ。
 正確に落ちるか分からないリスクをはらみながら。
 彼女に、届くと良いなあとぼくはそれを見つめる。
 新任の彼女は、一体どんな反応をするのだろう。きっと、とっても可愛いに違いない。
 想像して、ぼくはあったかい気持ちになった。
 一方通行で、絶対に叶わないけれど、それでも。
 彼女の意識の片隅に、ずっと残るような告白でありますように。

 そう、ぼくは。
 白衣の天使(ほけんのせんせい)に恋をした。
15/04/12 22:32更新 / 源 仙

■作者メッセージ
「意識」「リスク」「意識」「牛乳瓶」「鉄棒」「化粧品」をテーマに75分、4190文字書きました。イレギュラーなので別で投稿しました。前回と同じような話の持っていき方になったのが反省点。
牛乳瓶のアレは地域差と時代差があるかと。うちの地元では牛乳パラシュートを本当に兄が流行らせてました。

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