読切小説
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スピコちゃんとゲルくん
 あるところに、二人のスピン宇宙人がいました。一人はz方向上むきのスピンをしているスピコちゃん、もう一人はz方向下向きのスピンをしているゲルくんです。二人は安定しいます。
 くるくるくるくるくるくるくるくるくーるくる。
 いつでもどこでも、トイレでもお風呂でも宇宙船でも映画館でもデートでも、安定してスピンをしています。そう、彼らは安定しているのでいつでもスピンをしているのです。
 
 ある日、二人はいつものように鬼ハンの宇宙船を乗り回して、とあるファーストフード店にやってきました。ふくよかでお髭のある優しいおじさん人形がにこやかにお出迎えしてくれます。彼は普段はとても仕事熱心なのですが、とあるベースボールチームが優勝すると、一カ月ほど行方知れずになります。普段はとてもいい人形なのに。どんなにいいモノにみえても、やはりその内側には他人はわからない闇があるのです。「この宇宙に真にまともな生物、もといモノなんてどこにもいない」ということを、スピコちゃんは千九百二十二歳のときにこの人形から悟りました。


 ぺろーん、と。
 何とも間抜けな音がして、自動ドアが開きます。しかし、ここからが悲劇のはじまりなのでした。

(え、とおれない……!)

 なんと、スピコちゃんの愛らしいパステルイエローの身体が自動ドアの先に進めないのです。ゲルくんは何事もなく通れているというのに。これはどういうことでしょう。まさか、男女差別? いやいや、そんなものは五十二億年前にはこの星では滅びているし、そもそもスピン星人は雌雄両性もっているので、性別による差別なんて無意味です。それでも、最近では地球人の真似をして、「おとこ」とか「おんな」とか自分で選んでそれらしく振舞うことが若いスピン星人の間で流行っています。が、あくまでファッション感覚な真似事です。だから、そんな彼らに地球人のように男女差別的なことをしても、「他人のオシャレやアイデンティティーにケチ付けるなんて、一回超新星爆発でもしてから出直しな」と、冷ややかに睨まれることでしょう。
 さて、冗談はこれくらいにしておきましょうか。スピコちゃんはとりあえず、ゲルくんを呼びました。
 おーい、おーい、おーーーーーーい!
 けれども、ゲルくんは気がつきません。
 仕方がないので、開きっぱなしの自動ドアに向けてレーザー光線を放つことにしました。びゅーん、と。七色の眩い光が、スピコちゃんの七つの愛らしい瞳からそれぞれ発せられ、ゲルくんの自慢のスキンヘッドにあたって反射します。しかし、ゲルくんは尚も気がつかずにずんずんと進んでいきます。雑誌の地球特集でも読んだけれども、全く、「おとこ」はどうしてこうも鈍感なのでしょうか。それがカッコいいとでも思っているのでしょうか。つくづく呆れてしまいます。
 そんなことを考えているうちに、ゲルくんはすったぺった歩いていって、二つ目の自動ドアを潜り抜けていきます。スピコちゃんは尚もあきらめずにレーザー光線を発し続けています。これは見た目よりもカロリーを使うので、スピコちゃんのパステルイエローのかわいい額には大粒の汗がいくつも浮かんでいます。

(え……、なんで……!)

 しかし、無情にも二つ目の扉の前でスピコちゃんのレーザー光線が途絶えました。スピコちゃんのスタミナ切れのせいではありません。現に、今もなおスピコちゃんの七つの瞳からは光輝くビームが出続けているのですから。原因は、自動ドアです。
 ここで、スピコちゃんはしゅぴーんと閃きました。彼女が一番目の自動ドアを通れなかったのも、これで納得がいきます。
 そう、この二つの自動ドアは偏光自動ドアだったのです。
 こんなハイテクノロジー機械を初めて耳にした地球人の方のために説明しますと、偏光自動ドアとはある特定方向の振動またはスピンをもつモノのみを通し、それ以外のものは通さない、そんなドアです。
 スピン差別だ? いいえ、違います。これは特定のスピンを優遇するために作られたのではなく、今みたいに、外から突然レーザー光線や超音波バズーカなどで攻撃されたときに、中にいる人を守るために作られた優しい機械なのです。光や音はその性質上、どんな振動をもっていても、二重の偏光自動ドアを通せば消えてなくなるからです。
 しかし、スピコちゃんたちスピン宇宙人は大丈夫です。三枚目の偏光自由ドアがあるのなら、一枚目ではじかれても、三枚目で復活することができるのです。
 カラクリがわかれば、解決策はとっても簡単なのです。
 スピコちゃんはくりくりと愛らしい七色の瞳を静かに閉じます。そうして、テレパシーでゲルくんに話しかけました。

(さては、ゲルくん最初からわかっていて知らないふりしていたでしょう?)

(ああ、気がついた? スピコのそういうおっちょこちょいなところ、かわいいから)

(もう、バッカじゃないの!)

 まったく、テレパシーとはいえ、恥ずかしげもなくよくそんなことが言えるなあ、とスピコちゃんは呆れます。でも、そんなスピコちゃんも、ゲルくんのこう、ちょっと意地悪だけれどもストレートに愛情表現をしてくれるところがとても好きなのです。

(はいはい。それより、気づいたなら早く来いよ。俺もうすぐ三枚目の偏光自動ドア通るから)

 おっと、これは大変。急いで意識をゲルくんに集中させます。


 ぺろーん、と。
 一枚目と同じく間抜けな音がして三枚目の偏光自動ドアが開きます。ゲルくんのカッコいいスカイブルーの身体が何事もなく通り抜けます。そして、にゅるん、とスピコちゃんの身体も三枚目の偏光自動ドアから出てきます。
 おっと、とドアの縁に躓いて転びかけたスピコちゃんの身体をゲルくんがさりげなく支えてくれます。ありがとう、と言いながらゲルくんのスカイブルーのカッコいい顔を見上げると、頬が赤く染まっています。そんなところも、スピコちゃんはとってもとっても好きなのです。
 視線に気づいたのが、ゲルくんがぶっきらぼうに「どんくせえ」と言います。「ほっぺ、赤いよ?」とスピコちゃんがからかうと、「赤方偏移!」と、これまたぶっきらぼうな声が返ってくるのでした。
17/02/02 16:57更新 / 深森契

■作者メッセージ
量子力学の期末試験が全然解けなくてとても悲しい思いをしました。こんな思いを、もう誰にもしてほしくない......そんな熱い気持ちで一気に書きました。題材となっているのはシュテルンゲルラッハの実験です。不思議だなあって思います。
明日の解析力学を今から頑張ります。

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