読切小説
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【toride用原稿】いつものとおり、君と夜
 彼女は僕を責める。困った振りをすると、彼女はすぐに、ごめんね、と呟く。急に彼女が下を向くので、どうした、と問う。彼女は黙ったままだ。
 もうすぐ冬が終わり、暖かい季節がやってくるはずだ。しかし、夜はまだ冷えている。真っ黒の空は、星の輝きの色をも飲み込んでいる。街灯の橙色の明かりが温かさを演出しているのだろうが、効果は全く無く、ただ冷たいだけの風が僕の体温を奪っていく。
 悴んだ指で、右隣の彼女の指を絡みとり、そのまま手を握る。色を揃えたマフラーを巻き、彼女の左手を握ったままの右手をコートのポケットに仕舞う。あったかい、と、俯いたまま彼女が言うので、そうだろう、と返す。
 喜んでいるのか、笑っているのか。
 怒っているのか、悲しんでいるのか。
 下を向いたままの彼女の表情は良く分からなかった。ごめんね、と僕が言うと、なんで謝るの、と彼女は顔を上げて僕に聞いた。
 今にも泣き出しそうな顔だった。
「寂しかったんだよね」
 さっきまで色々責められていた僕は、彼女が本当に伝えたかったことをやっと理解した。うん、と頷いてから彼女は、
「困らせたいわけじゃ、ないの」と、小さな声を零してまた俯いた。
 シャリッ、シャリッ。歩く度に音がする。夕方まで降っていた雨のせいだろうか、冷やされた道路は少しだけ凍っていた。そのせいで歩く音がよく聴こえる。その音が忙しなく聴こえるのは、きっと僕らの歩くリズムが揃っていないからであろう。
「君の隣にずっと居られたら良かったのになぁ」
 白い息を吐きながら、彼女がそう呟く。素直ではない彼女がそんな言葉を口にしたことに、少し驚いた。
「今日もここでお別れだね」
 彼女は僕のポケットから繋いだままの手を出すと、僕の手を強く握り、その手をふわりと放す。
 改札口前。僕は、彼女の表情に気を取られていて、駅に到着したことにすら気がついていなかった。
「送ってくれて、ありがとう」
 彼女は僕に両手を差し出してくる。僕はそれを握り、あたためてやる。
「ちがう」
 そう言って彼女は、僕の手を自分の背中に回し、自分の手は僕の背中に置いた。
「欲しかったのは、それじゃない」
 小さな我が儘を吐き、僕の胸に頭をうずめた彼女を、そのまま抱きしめる。
 冷たい夜。冷たい風。人がいない無人駅には、三つしか椅子のない、小さな待合室の屋根に付いている明かりだけが光っている。
「明日は会える……?」
 小さな、壊れそうな声は、寒さもあってなのか震えていた。そんな彼女を抱きしめたまま僕は、
「きっと、会えるよ」と返した。

 いつものように彼女を見送り、来た道を戻る。さっきまで傍にあった体温が感じられなくなったせいか、冬の空が余計に寒く感じた。解けかかっていた首元の赤いマフラーを結び直す。すると、一瞬だけあたたかく感じた。
 街灯の下、立ち止まってリュックを下ろし、表紙が少し草臥れた手帳を取り出して、後ろのメモ欄を開く。


  【ずっと一緒にいたい】


 彼女の字で書かれた一文を眺める。開く事は無いと思っていたページを開いてしまったのは、なぜだろうか。
 見ない振りをしてきた彼女の気持ちを、知りたいと思ったからなのだろうか。
――君に恋をして、ごめんなさい。
 気の強い彼女が言う筈のないその言葉が、確かに彼女の声で僕の頭に響く。
 違う。それは、僕のほうだ。
 僕が彼女に恋をしなかったら。愛さなかったら。
 小さな、すぐに壊れてしまいそうな声を思い出す。今にも泣き出しそうな彼女の顔を思い出す。
 僕のせいだ。僕のせいで、彼女は。
――だから、僕は嘘をつく。
 メモに書かれた一文を二重線で消し、その下に新たな文を書き加えた。手帳を閉じ、リュックに仕舞う。それを背負い、歩き出す。シャリッ、という足音は寂しく響く。寒さで感覚が麻痺したのか、悴んだ指の痛みが気にならなくなっていた。
 空を見上げる。さっき二人でいた時のままの、黒色。
 彼女は今、最寄り駅に着いた頃だろうか。彼女も同じ空を見上げているのだろうか。そう考えると、寂しさも紛らわされるものだと、そう思っていた。
 そんな筈はなかった。
 ごめんなさい、と、誰もいない空に向かって嘆く。そして、イヤホンで耳を塞ぎ、よく聞くロックバンドのアルバムから一曲を選んで再生する。
 今すぐに彼女を抱きしめたいと思う僕は、欲張りなのだろうか。
 足音は、音楽に埋もれて聴こえなくなった。


  【僕は独りが似合う】

16/10/26 23:25更新 / 夕雨

■作者メッセージ
幸せになんて成らない筈の未来が、幸せになります様に。
「僕は独りが似合う」/vistlip『OBLATE SCREEM』

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